スポンサーサイト
ネコ騙し辞典~ぬ:ヌード
さて今日の猫☆魂辞典は『ヌード』です。
ヌードと言えば拙宅の近くにあるお気に入りのラーメン屋さんがある。
そのラーメン屋さんに行く時は前日から胃の具合を調整しての万全の状態で行く事にしていた。
身も心も丸裸で行く事にしていた。
それぐらい美味しいのである。
どうしても丸裸で行きたいのである。
ある日、そのラーメン屋さんの前で膝をつき、がっくりと首を垂らして絶望している男がいた。
はたしてその男こそ、丸裸の井澤であった。
店がなんの前触れもなく閉店してしまっていたのだ。
丸裸の井澤はショックで膝から崩れ落ちていたのだ。
空腹で丸裸の井澤は立ち上がれない。
むしろ立ち上がりたくないといった風情である。
あのラーメンを食べられないのなら何の為の足かと言わんばかりにそこから動こうとしない丸裸の男。
しばらくして、お腹が空いた丸裸の井澤は最近オープンした美味くも不味くもないつけ麺屋さんに入って、つけ麺を頬張った。
そして…
お腹がいっぱいになった。
ヌードと言えば拙宅の近くにあるお気に入りのラーメン屋さんがある。
そのラーメン屋さんに行く時は前日から胃の具合を調整しての万全の状態で行く事にしていた。
身も心も丸裸で行く事にしていた。
それぐらい美味しいのである。
どうしても丸裸で行きたいのである。
ある日、そのラーメン屋さんの前で膝をつき、がっくりと首を垂らして絶望している男がいた。
はたしてその男こそ、丸裸の井澤であった。
店がなんの前触れもなく閉店してしまっていたのだ。
丸裸の井澤はショックで膝から崩れ落ちていたのだ。
空腹で丸裸の井澤は立ち上がれない。
むしろ立ち上がりたくないといった風情である。
あのラーメンを食べられないのなら何の為の足かと言わんばかりにそこから動こうとしない丸裸の男。
しばらくして、お腹が空いた丸裸の井澤は最近オープンした美味くも不味くもないつけ麺屋さんに入って、つけ麺を頬張った。
そして…
お腹がいっぱいになった。
ネコ騙し辞典~に:日常
日常…。
常日頃、生活、生き方、或いは人生と言い換えてもいいかも知れない。
困ったなぁ。
人生についてブログを書けと言われても上に申し上げた様にすっかり困ってしまった。
三十年の人生には何もなかったような気もするし、色々あったような気もする。
いずれにしてもブログに書き記すには時間がいくらあっても足りないし、短くまとめたにしても、何だか自分のこれまでの人生が薄っぺらく感じられるので嫌だ。それはいかにも嫌なのである。
でもこうして『人生』というお題を出されて「しまった」からには何かしら書かなくては。
そう、出されて「しまった」のである。
お題はなんでもよかった筈なのに。
『人参』でも『煮え湯』でも『二の腕』
でも何でもよかったのだ。
それなのによりによって『人生』なんて。
皆が『日常=人生』のお題でブログを書いている脇で私だけ『人参』についてのブログを書いたら皆はどんな顔をするだろう。
その顔が見たいが為にこのまま『人参』について書いてやろうか知らん、と思って即座に自らの意思で却下したのは、これをやり始めてしまったら、この引き金を引いてしまったら、この企画の規則規定というものが崩壊し、皆が暴徒と化し酒を飲みながら好き勝手な事を適当に書き、ネコ騙し辞典はもはや辞典とは呼べず、ただの駄文の集合体、乱文のデパートメントになるのではないかしらという懸念を抱いたからである。
そうなる事がわかっているのにどうして『人参』の話が書けようか。
私には出来ない。
出来るはずがないのである。
正直に白状しよう。
私は恐れている。
ネコ騙し辞典が変わってしまう事を。
私の手によってネコ騙し辞典がなんだかよくわからないもさもさっとした駄文集になってしまうのを。
そういったやんごとなき事情により、今回のネコ騙し辞典は放棄・辞退する事を声高に宣言する。
それと同時に私は信じている。
この勇気ある選択が後のネコ騙し辞典にとって最良の選択であった事を。
皆もそれをわかってくれる事を。
常日頃、生活、生き方、或いは人生と言い換えてもいいかも知れない。
困ったなぁ。
人生についてブログを書けと言われても上に申し上げた様にすっかり困ってしまった。
三十年の人生には何もなかったような気もするし、色々あったような気もする。
いずれにしてもブログに書き記すには時間がいくらあっても足りないし、短くまとめたにしても、何だか自分のこれまでの人生が薄っぺらく感じられるので嫌だ。それはいかにも嫌なのである。
でもこうして『人生』というお題を出されて「しまった」からには何かしら書かなくては。
そう、出されて「しまった」のである。
お題はなんでもよかった筈なのに。
『人参』でも『煮え湯』でも『二の腕』
でも何でもよかったのだ。
それなのによりによって『人生』なんて。
皆が『日常=人生』のお題でブログを書いている脇で私だけ『人参』についてのブログを書いたら皆はどんな顔をするだろう。
その顔が見たいが為にこのまま『人参』について書いてやろうか知らん、と思って即座に自らの意思で却下したのは、これをやり始めてしまったら、この引き金を引いてしまったら、この企画の規則規定というものが崩壊し、皆が暴徒と化し酒を飲みながら好き勝手な事を適当に書き、ネコ騙し辞典はもはや辞典とは呼べず、ただの駄文の集合体、乱文のデパートメントになるのではないかしらという懸念を抱いたからである。
そうなる事がわかっているのにどうして『人参』の話が書けようか。
私には出来ない。
出来るはずがないのである。
正直に白状しよう。
私は恐れている。
ネコ騙し辞典が変わってしまう事を。
私の手によってネコ騙し辞典がなんだかよくわからないもさもさっとした駄文集になってしまうのを。
そういったやんごとなき事情により、今回のネコ騙し辞典は放棄・辞退する事を声高に宣言する。
それと同時に私は信じている。
この勇気ある選択が後のネコ騙し辞典にとって最良の選択であった事を。
皆もそれをわかってくれる事を。
ネコ騙し辞典~な:名前
あまり知られていないが、私の名前は『井澤崇行』といいます。
皆さん、こんにちは。
ネコ騙し辞典の日になりました。
そして遅くなりましたが、先日の公演『simple』にご来場頂いた方、応援して下さった方、キャスト、スタッフの方々、本当にありがとうございました。
毎度の事ながら感謝してもしきれません。
今後も頑張って行こうと思いますので、よろしくお願いします。
さて、今日のお題は『名前』です。
私の名前は井澤崇行と申しまして、『イサワ タカユキ』と読みます。
なかなか読みにくく、言いづらい名前です。
特に『ワ タカ』の辺りが非常に言いづらいなぁ、噛むよなぁ、と、日々悩んでいます。
漢字を見てみましょう。
先ず、井澤の「澤」についてですが、山形にいた時分には簡単な「沢」の漢字を使っていました。つまり、省略していたわけです。画数を。戸籍なんかを見てみると当然「澤」と書かれてあるので、山形にいた時分はやはりずるをしていた事に他ならず、それではいかんではないかという事で上京を機に「井澤」と名乗る事にしました。
実は画数が多い漢字に憧れている私としては、喜ばしい事であるし、調べてみても画数の縁起も「澤」の方が良いようで、御の字。今後もずっと「井澤」でいこうと思っています。
小学校の授業で自分の名前の由来、または両親がどんな想いで名付けたかを調べるというのがあった。
自分の名前の由来を知らなかった私は、意気揚々と母親に訊ねてみて即座に愕然としたのである。
そして、茫然自失の私を残し薄ら笑いの母は台所へと消えていった。
「宿題で自分の名前の由来を調べる事になったので教えて欲しい」
「由来…知らない」
「知らない?自分で付けておいて知らないとはどういう了見か」
「自分が付けた訳ではないので知らないと言っている」
「な、じゃあ、誰が付けたのだ」
「易者だ」
私の名前は行きずりの占い師が付けたので由来なんていうのは知らないと抜かしたのである。
途方に暮れた。日も暮れていた。
沈みゆく太陽を見ながら、まるで自分の心持を客観的に見ているような気がして少し笑った。し、一筋の涙も流れた。
あくる日、各々が自分の名前の由来について発表した。
「陽子の陽は太陽から来ているそうですっ!明るく元気な子になるようにと付けられましたっ!」
なるほど、その子は名前の通り明るく快活な子で、後に生徒会長になった。
「健やかに図太く生きて欲しいという願いを込めて健太という名前を付けたそうですっ!」
健康が取り柄だった彼も数年後、喘息を患い体育も休みがちになるが、今の彼は健康そのものであった。
「次は井沢君!」
「崇行という名前は…易者が付けた名前だそうで由来とかはありません…大器晩成型だそうです…」
教室の空気がおかしな事になった。
易者というのも何だかよく分からないし、急に大器晩成型と言われても困る。というか誰もそんな事は聞いてねぇよ。聞いてるのは由来なんだよ。その易者捕まえて聞いてこい馬鹿。と、いう空気であった。
見るに見兼ねた先生は、崇行の崇は崇高の崇だから崇高な道を行くという意味で崇行としたのではないか、と強引に意味を見い出して、次の生徒の話に耳を傾けた。
崇高な道を行く…。
行ってないと思った。
崇高な道は行ってないぞと思った。
思いがけない。思いがけないよ先生。
あなたが強引に導き出した答えはあまりにも高く険しい。
私は大きな十字架を背負ってしまったような気がした。
それから二十年以上経った。
人前で右往左往しては酒を飲む生活を送っている。
先生が導き出した思いも寄らない答えには到底追いつかないけれど、頑張って生きていこうと思う井澤崇行30歳、の、冬。
皆さん、こんにちは。
ネコ騙し辞典の日になりました。
そして遅くなりましたが、先日の公演『simple』にご来場頂いた方、応援して下さった方、キャスト、スタッフの方々、本当にありがとうございました。
毎度の事ながら感謝してもしきれません。
今後も頑張って行こうと思いますので、よろしくお願いします。
さて、今日のお題は『名前』です。
私の名前は井澤崇行と申しまして、『イサワ タカユキ』と読みます。
なかなか読みにくく、言いづらい名前です。
特に『ワ タカ』の辺りが非常に言いづらいなぁ、噛むよなぁ、と、日々悩んでいます。
漢字を見てみましょう。
先ず、井澤の「澤」についてですが、山形にいた時分には簡単な「沢」の漢字を使っていました。つまり、省略していたわけです。画数を。戸籍なんかを見てみると当然「澤」と書かれてあるので、山形にいた時分はやはりずるをしていた事に他ならず、それではいかんではないかという事で上京を機に「井澤」と名乗る事にしました。
実は画数が多い漢字に憧れている私としては、喜ばしい事であるし、調べてみても画数の縁起も「澤」の方が良いようで、御の字。今後もずっと「井澤」でいこうと思っています。
小学校の授業で自分の名前の由来、または両親がどんな想いで名付けたかを調べるというのがあった。
自分の名前の由来を知らなかった私は、意気揚々と母親に訊ねてみて即座に愕然としたのである。
そして、茫然自失の私を残し薄ら笑いの母は台所へと消えていった。
「宿題で自分の名前の由来を調べる事になったので教えて欲しい」
「由来…知らない」
「知らない?自分で付けておいて知らないとはどういう了見か」
「自分が付けた訳ではないので知らないと言っている」
「な、じゃあ、誰が付けたのだ」
「易者だ」
私の名前は行きずりの占い師が付けたので由来なんていうのは知らないと抜かしたのである。
途方に暮れた。日も暮れていた。
沈みゆく太陽を見ながら、まるで自分の心持を客観的に見ているような気がして少し笑った。し、一筋の涙も流れた。
あくる日、各々が自分の名前の由来について発表した。
「陽子の陽は太陽から来ているそうですっ!明るく元気な子になるようにと付けられましたっ!」
なるほど、その子は名前の通り明るく快活な子で、後に生徒会長になった。
「健やかに図太く生きて欲しいという願いを込めて健太という名前を付けたそうですっ!」
健康が取り柄だった彼も数年後、喘息を患い体育も休みがちになるが、今の彼は健康そのものであった。
「次は井沢君!」
「崇行という名前は…易者が付けた名前だそうで由来とかはありません…大器晩成型だそうです…」
教室の空気がおかしな事になった。
易者というのも何だかよく分からないし、急に大器晩成型と言われても困る。というか誰もそんな事は聞いてねぇよ。聞いてるのは由来なんだよ。その易者捕まえて聞いてこい馬鹿。と、いう空気であった。
見るに見兼ねた先生は、崇行の崇は崇高の崇だから崇高な道を行くという意味で崇行としたのではないか、と強引に意味を見い出して、次の生徒の話に耳を傾けた。
崇高な道を行く…。
行ってないと思った。
崇高な道は行ってないぞと思った。
思いがけない。思いがけないよ先生。
あなたが強引に導き出した答えはあまりにも高く険しい。
私は大きな十字架を背負ってしまったような気がした。
それから二十年以上経った。
人前で右往左往しては酒を飲む生活を送っている。
先生が導き出した思いも寄らない答えには到底追いつかないけれど、頑張って生きていこうと思う井澤崇行30歳、の、冬。
ネコ騙し辞典~と:トワミスト
こんにちは。
今現在、猫☆魂vol.15『simple』の稽古中です。
今回のお題の『トワミスト』は2006年の作品であったと記憶している。
あの公演の話は今でもよく話題になるし、出演者の中では非常に印象深い作品だと思う。
『トワミスト』の話を書けばキリがないが、今はゆっくり過去の作品に浸ってる場合ではない。
振り返っている場合ではないのだ。
もうすぐ『simple』の幕が開くのだもの。
『simple』が終わったらゆっくり振り返ろうと思います。
差し当たっては、1月24日までは、『simple』をよろしくお願いします!
猫☆魂 vol.15
『simple』
作・演出 西永貴文
今日もまた僕らの知らない所で事件は起きている。
そしてまた、知らない所で奇跡は起きている。
すり替えられた真実は、時間を捻じ曲げ世界を変えた。
生き辛さ、お湯割で……。
公演期間:2011年1月19日(水)~24日(月)
劇場:ワーサルシアター
出演:
佐々木光弘 ヴィン 井澤崇行 ムランティン・タランティーノ 秋枝直樹
西興一朗 カゴシマジロー(TRASHMASTERS) 杉木隆幸 大石里沙 岸潤一郎(NAィKI)
チケット料金:
前売券¥3,200/当日券¥3,500 (税込・全席自由席)
平日昼割¥2,500
チケット取り扱い:
ローソンチケット
0570-000-777(Lコード:33908)
自動音声ガイダンス(24時間)
オペレータ対応(10:00~20:00)
劇団窓口
nekodamashii2002@gmail.com
㈰希望日時㈪枚数㈫お名前㈬ご連絡先を送信してください。
こちらの返信をもって予約成立となります。
タイムテーブル:
1月
19日(水)19:30~
20日(木)☆14:00~, 19:30~
21日(金)19:30~
22日(土)14:00~, 19:30~
23日(日)14:00~, 19:00~
24日(月)☆14:00~,19:00~
※☆平日昼割
※開場は開演の30分前を予定しております。
お問い合わせ:
猫☆魂E-mail:nekodamashii2002@gmail/com
HP:http://www.nekodamashii.com
稽古場ブログ:http://neko15simple.blog112.fc2.com/
今現在、猫☆魂vol.15『simple』の稽古中です。
今回のお題の『トワミスト』は2006年の作品であったと記憶している。
あの公演の話は今でもよく話題になるし、出演者の中では非常に印象深い作品だと思う。
『トワミスト』の話を書けばキリがないが、今はゆっくり過去の作品に浸ってる場合ではない。
振り返っている場合ではないのだ。
もうすぐ『simple』の幕が開くのだもの。
『simple』が終わったらゆっくり振り返ろうと思います。
差し当たっては、1月24日までは、『simple』をよろしくお願いします!
猫☆魂 vol.15
『simple』
作・演出 西永貴文
今日もまた僕らの知らない所で事件は起きている。
そしてまた、知らない所で奇跡は起きている。
すり替えられた真実は、時間を捻じ曲げ世界を変えた。
生き辛さ、お湯割で……。
公演期間:2011年1月19日(水)~24日(月)
劇場:ワーサルシアター
出演:
佐々木光弘 ヴィン 井澤崇行 ムランティン・タランティーノ 秋枝直樹
西興一朗 カゴシマジロー(TRASHMASTERS) 杉木隆幸 大石里沙 岸潤一郎(NAィKI)
チケット料金:
前売券¥3,200/当日券¥3,500 (税込・全席自由席)
平日昼割¥2,500
チケット取り扱い:
ローソンチケット
0570-000-777(Lコード:33908)
自動音声ガイダンス(24時間)
オペレータ対応(10:00~20:00)
劇団窓口
nekodamashii2002@gmail.com
㈰希望日時㈪枚数㈫お名前㈬ご連絡先を送信してください。
こちらの返信をもって予約成立となります。
タイムテーブル:
1月
19日(水)19:30~
20日(木)☆14:00~, 19:30~
21日(金)19:30~
22日(土)14:00~, 19:30~
23日(日)14:00~, 19:00~
24日(月)☆14:00~,19:00~
※☆平日昼割
※開場は開演の30分前を予定しております。
お問い合わせ:
猫☆魂E-mail:nekodamashii2002@gmail/com
HP:http://www.nekodamashii.com
稽古場ブログ:http://neko15simple.blog112.fc2.com/
ネコ騙し辞典~て:天才だと思う人
今年も残り僅かですね。というかあと一日ですね。
皆様、如何お過ごしでしょうか?
2010年最後のネコ騙し辞典は『天才だと思う人』です。
私の天才だと思う人はやはり『佐々木光弘』という事になります。
私は再三彼の素晴らしさについてこのブログで書き連ねてきた。
私が彼のどこが素晴らしいと思っているかは過去の記事を読んで頂くとして、今回のお題の答えとしては『佐々木光弘』と言わざるを得ない。
彼の才能の1%でも私にあれば人生が変わっていたに違いないよなぁと考えるにつけ、非常に悲しい気持ちになる。
こんな悲しい気持ちのまま211年を迎える事になってしまって、重ねて悲しい。
私は今こんな悲しい気持ちではありますが、皆様良いお年をお迎え下さい。
来年もよろしくお願いします。
皆様、如何お過ごしでしょうか?
2010年最後のネコ騙し辞典は『天才だと思う人』です。
私の天才だと思う人はやはり『佐々木光弘』という事になります。
私は再三彼の素晴らしさについてこのブログで書き連ねてきた。
私が彼のどこが素晴らしいと思っているかは過去の記事を読んで頂くとして、今回のお題の答えとしては『佐々木光弘』と言わざるを得ない。
彼の才能の1%でも私にあれば人生が変わっていたに違いないよなぁと考えるにつけ、非常に悲しい気持ちになる。
こんな悲しい気持ちのまま211年を迎える事になってしまって、重ねて悲しい。
私は今こんな悲しい気持ちではありますが、皆様良いお年をお迎え下さい。
来年もよろしくお願いします。


